東京地方裁判所 昭和50年(ワ)4321号 判決 1976年11月29日
原告
大熊節雄
被告
大秀産業株式会社
ほか三名
主文
一 被告らは各自原告に対し金六一九万一五九七円およびこれに対する昭和五〇年六月三日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の、その余を被告らの各負担とする。
四 この判決第一項は、かりに執行することができる。
事実
第一当事者双方の求めた裁判
一 原告
(一) 被告らは連帯して原告に対し、金一一三六万一、二〇〇円およびこれに対する昭和五〇年六月三日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(三) 仮執行の宣言
二 被告ら
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
第二請求原因
一 事故の発生
原告は次の交通事故によつて受傷した。
(一) 日時 昭和四七年五月二六日午後四時五〇分頃
(二) 場所 平塚市虹ケ浜二〇番地先国道一三四号線路上
(三) 第一加害車 普通乗用自動車(練馬五五ま二二五〇号)
右運転者 被告片山
(四) 第二加害車 自家用貨物自動車(六相模あ一二四号)
右運転者 被告猪飼
(五) 被害車 普通乗用自動車(横浜五五す四六六〇号)
右運転者 原告
(六) 態様 前記国道と丁字型に交差する狭い道路から同国道に右折進入して大磯方面に進行しようとした第二加害車と同方向に直進中の第一加害車が接触し、その衝撃で第一加害車がセンターラインをこえて対向車線内に斜行し、対向車線を進行中の被害車に正面衝突したもの。
二 責任原因
(一) 被告大秀産業は第一加害車、被告中北薬品は第二加害車を各所有し、右各車両をそれぞれ自己のために運行の用に供していたものであり、また、被告大秀産業は被告片山の、被告中北薬品は被告猪飼の各使用者であり、被告片山は被告大秀産業の、被告猪飼は被告中北薬品の業務執行中に後記過失によつて本件事故を惹起させたものであるから、いずれも自賠法三条、民法七一五条一項に基づき本件事故によつて原告が受けた損害を賠償する責任がある。
(二) 本件事故は被告猪飼の側方不注意、発進不適当の過失被告片山の前方不注意、スピード違反、徐行違反、ハンドルブレーキ操作不適当の過失によつて発生したものであるから、同被告らはいずれも民法七〇九条に基づき本件事故によつて原告が受けた損害を賠償する責任がある。
三 損害
原告は本件事故のために左手ひとさし指切断、顔面挫創、胸腹部両膝打撲、頭部打撲の傷害を受け、昭和四七年五月二六日から同年八月二五日まで平塚市民病院に、昭和四八年二月一日から同月一九日まで関東労災病院に入院(合計一一一日間)し、昭和四七年八月二六日から昭和四八年一月三一日までおよび同年二月二〇日から同年三月二九日までの間(通算通院期間一九七日)右各病院に通院して治療を受けたが、左手ひとさし指欠損の後遺障害を残し、右後遺障害は自賠法施行令別表第一〇級に該当する。
右受傷に伴う損害の数額は次のとおりである。
(一) 入院雑費 五万五五〇〇円
前記入院期間中一日当り五〇〇円の雑費を要した。
(二) 付添費 一九万円
前記入院期間中九五日間付添看護を要し、その間近親者が付添つたので、一日当り二〇〇〇円、合計一九万円の付添費相当の損害を蒙つた。
(三) 退院交通費 三八〇〇円
関東労災病院退院時に同病院から自宅までの交通費として三八〇〇円を要した。
(四) 通院交通費 六五八〇円
(五) 付添人交通費 三万円
(六) 温泉治療費 一万円
(七) 義指代 一九万九八九二円
前記後遺障害のため原告は今後義指を装着する必要があるところ、右義指の耐用年数は一・五年で、原告の余命は四五・四八年であるから、これを基礎に原告が今後必要とする義指代の現価を計算すると一九万九八九二円となる。
(八) 物損 六万六〇〇〇円
本件事故のため時計、靴、ブレザー、スポーツシヤツ、眼鏡、電気カミソリ等計八点が破損ないし汚損し、六万六〇〇〇円相当の損害を蒙つた。
(九) 診察料 七七八〇円
(一〇) 休業損害 一七万七四五七円
原告は日本エヌ・シー・アール株式会社にプロダクトエンジニアとして勤務しているものであるが、本件事故による休業のために賞与を減額されたこと等により一七万七四五七円の損害を蒙つた。
(一一) 後遺障害による逸失利益 七四四万二八五一円
原告は事故当時二七歳であつたから、本件事故にあわなければなお四〇年間稼動し、その間事故前一年間の年収である一二七万三六九七円を下らない収入をあげることができたはずであつたところ、前記後遺症のため二七パーセントの労働能力を喪失した。そこで、右収入を基礎にホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して後遺症による逸失利益の現価を計算すると七四四万二八五一円となる。
(一二) 慰藉料 三一七万一三四〇円
原告は前記会社で電子計算機の回路設計、モデル製作に従事して手指の使用が不可欠の作業をしているものであるところ、本件事故により切断した左ひとさし指の造指および神経移植等の手術を合計六回にわたつて試みたが、結局機能を回復することができなかつたため作業能率の低下は著しく、これを補うため従前に倍する努力をしているものの従前の能率を回復することはできず、その精神的苦痛は甚大である。
四 結論
よつて、原告は被告らに対し、金一一三六万一、二〇〇円およびこれに対する本件事故発生の日の後である昭和五〇年六月三日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第二請求原因に対する被告らの答弁
一 被告大秀産業、同片山
(一) 請求原因第一項は認める。
(二) 請求原因第二項(一)は認める。同(二)のうち被告片山に前方不注意の過失があつたことは認めるが、その余の過失は否認する。
(三) 請求原因第三項冒頭記載の事実中、原告が本件事故により受傷し入通院したことは認めるが、受傷内容および後遺症の内容、程度は不知、同項(一)ないし(九)は不知、同(一〇)のうち原告が日本エヌ・シー・アール株式会社に勤務していたことは認めるが、その余は不知、同(一一)のうち労働能力喪失率およびその存続期間は争い、その余は不知、同(一二)は争う。
二 被告中北薬品、同猪飼
(一) 請求原因第一項は認める。
(二) 請求原因第二項(一)は認める。同(二)は争う。
(三) 請求原因第三項のうち後遺障害による労働能力喪失率およびその存続期間は争い、その余は不知。
第三証拠〔略〕
理由
一 事故の発生
請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。
二 責任原因
(一) 被告大秀産業が第一加害車を、被告中北薬品が第二加害車をそれぞれ自己のために運行の用に供していたこと、および被告大秀産業が被告片山の、被告中北薬品が被告猪飼の各使用者であり、本件事故当時被告片山、同猪飼が右各雇用主の業務に従事中であつたことは当事者間に争いがなく、本件事故発生について同被告らに過失のあることは後記のとおりであるから、被告大秀産業、同中北薬品は自賠法三条に基づいて本件事故によつて原告が受けた人的損害を賠償する責任があり、民法七一五条に基づいて物的損害についても賠償責任がある。
(二) 本件事故発生について被告片山に前方不注意の過失があつたことは、原告と被告大秀産業、同片山間で争いがなく、前示争いのない本件事故の態様に成立に争いのない甲第二ないし七号証をあわせ考えると、被告猪飼には、第二加害車を運転して狭い道路から広い国道一三四号線に右折進入するに際して右国道を左方から進行してくると車両との安全を十分に確認しなかつた過失があつたと認められるから、被告片山、同猪飼は民法七〇九条に基づいて本件事故によつて原告が受けた人的および物的損害を賠償する責任がある。
三 損害
成立に争いのない甲第九ないし一一号証、原告の切断した左手ひとさし指および胸腹部の手術瘢痕を撮影した写真であることに争いのない甲第八号証の一ないし三、原告本人尋問の結果によつて成立を認め得る甲第三八号証ならびに同尋問結果を総合すると、原告は本件事故のために左手ひとさし指切断、顔面挫創、胸腹部、両膝打撲、頭部打撲の傷害を受け、昭和四七年五月二六日から同年八月二五日まで平塚市民病院に、昭和四八年二月一日から同月一九日まで関東労災病院に各入院(原告が本件事故により受傷し入通院したことは被告大秀産業、同片山との関係では当事者間に争いがない。)し、その間六回にわたる造指および神経移植等の手術を受けたが、左ひとさし指の指骨は近位指関節以上で欠損し、形成した指先部も手指としての機能を回復するに至らなかつたこと、右手術の際切断した部分を壊死させないためひとさし指を胸部、ついで腹部に埋没して上半身を左腕とともにギブス固定する等の方法をとつたため(同年七月中旬頃まで)、原告の胸腹部には手術瘢痕が残つていること、右入院のほかに昭和四七年八月二六日から同年一一月二日までと昭和四八年二月二〇日から同年三月二九日までの間に右各病院に各八回宛通院したことがそれぞれ認められる。
そこで以上の事実を前提に以下損害の数額について判断する。
(一) 入院費 五万五五〇〇円
前認定の原告の傷害の内容、程度、治療経過からすると、入院期間中一日当り五〇〇円、合計五万五五〇〇円を下らない雑費を要したものと推認される。
(二) 付添費 一二万円
前認定の原告の傷害の内容、程度、治療経過からすると、原告は前認定の入院期間のうち少くとも六〇日間は付添看護を要したものと認められるところ、原告本人尋問の結果によるとその間原告の母、妹等の近親者が付添つて看護に当つたことが認められるから、一日二〇〇〇円の割合による一二万円を下らない付添費相当の損害を蒙つたものと認められる。
(三) 退院交通費 三八〇〇円
前顕甲第三八号証および原告本人尋問の結果によると、原告は前記関東労災病院を退院する際に同病院から自宅までのタクシー代として三八〇〇円を出捐したことが認められる。
(四) 通院交通費 六五八〇円
前認定の治療経過に前顕甲第三八号証、原告本人尋問の結果によつて成立を認め得る甲第二〇、二一号証および同尋問結果を総合すると、原告は前記平塚病院および関東労災病院への通院ならびに義指作成のための交通費として合計六五八〇円を支出したことが認められる。
(五) 付添人交通費 一万八〇〇〇円
前認定の原告の付添の必要性および付添状況に前顕甲第三八号証をあわせ考えると、原告に対する付添看護のため原告の近親者が平塚市民病院まで往復した際の交通費として一日当り三〇〇円、合計一万八〇〇〇円を下らない交通費を要したものと認められる。
(六) 温泉治療費 一万円
原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨をあわせ考えると、原告は前認定のギブス固定のため左腕や左手指の関節の動きが悪くなつており、医師の個人的な勧めもあつたので、平塚市民病院を退院して間もなく伊豆長岡温泉に温泉療養に行き、一万円を下らない費用を支出したものと認められ、右事実に前認定の原告の治療経過をあわせ考えると右支出は本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。
(七) 義指代 一一万七三六六円
前顕甲第二〇、二一号証および原告本人尋問の結果によると、原告の切断した左ひとさし指は神経が過敏でわずかな刺戟でも痛みを覚えるので外部からの刺戟を防ぐため、また外観上、機能上からも今後義指を装置する必要があり、右義指の価格は一万三〇〇〇円で耐用年数は二年程度であることが認められる。ところで、後記認定のとおり原告は本件事故当時二七歳であり、昭和四八年簡易生命表によると二七歳男子の平均余命は四五・四八年であるから、これらの数値を基礎にライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して原告が今後必要とする義指代の現価を計算すると一一万七三六六円となる。
(八) 物損 四万七〇〇〇円
前認定の原告の受傷内容、前顕甲第三八号証および原告本人尋問の結果を総合すると、本件事故のため原告の着衣および眼鏡等が破損ないし汚損して使用不能となり四万七〇〇〇円相当の損害を蒙つたものと認められる。なお、時計、電気カミソリについては事故状況から直ちに修理に耐えない程度破損したものとは認め難いところ、他にこれらの全損を認め得る証拠はなく、破損の程度、修理費の額を確定するにたる証拠も存しないので、これらの破損による損害は認め得ない。
(九) 診察料 七七八〇円
成立に争いのない甲第二二号証の一ないし三によれば、原告は昭和四九年中に平塚市民病院および関東労災病院に計三回通院し、その診察料として右各病院に合計七七八〇円を支払つたことが認められる。
(一〇) 休業損害 一七万七四五七円
原告本人尋問の結果により成立を認め得る甲第二四、二五号証、同三〇、三一号証および同尋問結果を総合すると、原告は本件事故当時日本エヌ・シー・アール株式会社に勤務していたものであるところ、前認定の入通院のため右会社を一四九日欠勤したので、昭和四七年一二月および昭和四八年六月の各賞与において得べかりし賞与の額から一七万五六五七円を減額され、また、会社が費用を負担して受験することになつていた英語検定試験を受験することができなかつたため右試験料一八〇〇円を会社へ返却せざるを得なくなり、合計一七万七四五七円の損害を蒙つたものと認められる。
(一一) 後遺障害による逸失利益 二六二万八一一四円
原告本人尋問の結果によると、原告は本件事故当時二七歳の男子で、東京電機大学工学部電子工学科を卒業後前記会社に入社し、プロダクトエンジニアとして右会社の技術研究部において電子回路の設計、モデルの製作等に従事していたものであり、本件事故後も右同業務に従事しているが、将来は大卒の技術者として工場等の技術系の管理職に昇進するか、研究部において専門技術者として引き続き研究開発に従事するとしても教育指導等の管理的な業務に仕事の中心が移つてゆく可能性があること、原告の左手ひとさし指の後遺症は原告の仕事のうち設計・製図等にはあまり影響はないが、モデル製作時にハンダ付等の細かな作業をするときには左手ひとさし指が使えず、かえつてひとさし指の残つた部分が邪魔をするような結果になるので作業能率の低下をきたしていること、もつとも、原告の利き腕は右手であるから、原告の作業の基本的な動作は右手で行つており、左手ないし左手指は物をもつたり支えたりする補助的なものであり、また、右のような作業能率の低下は原告の努力によつて補われているので、現在までのところ給与等で会社から不利益な取扱いは受けていないことの各事実が認められ、これらの事実に前認定の原告の後遺症の内容・程度をあわせ考えると、原告は右後遺症により一五年間にわたつて労働能力の一〇パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。ところで、原告本人尋問の結果によつて成立を認め得る甲第二七ないし二九号証、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨を総合すると、原告の昭和四六年度の年収は一二七万三六九七円であること、右会社は従業員約七〇〇〇名、資本金約八〇億円の東京証券取引所一部上場の会社であることが認められ、他方、労働省発表の昭和四六年度賃金構造基本統計調査報告第一巻第二表によると同年度の二五歳から二九歳までの旧大・新大卒男子労働者の平均年収は一一二万〇九〇〇円であるから、原告は本件事故にあわなければ、旧大・新大卒男子労働者の平均賃金を下らない収入をあげることができたはずであると推認される。そこで、昭和四九年度の賃金構造基本統計調査報告第一巻第二表による全産業・企業規模計の旧大・新大卒男子労働者の平均年収二五三万二〇〇〇円を基礎にライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して原告の後遺障害による逸失利益の現価を計算すると二六二万八一一四円(円未満切捨)となる。
(一二) 慰藉料 三〇〇万円
前認定の原告の受傷内容、治療経過、後遺症その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、本件事故によつて原告が受けた精神的苦痛は三〇〇万円をもつて慰藉するのが相当である。
四 結論
以上の次第で、原告の本訴請求は、被告ら各自に対して六一九万一五九七円およびこれに対する本件事故発生の日の後である昭和五〇年六月三日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 笠井昇)